インタビュー
重さを高原の空気が育んだ素材と虚心坦懐に向き合い、この地ならではの料理を作る
オーナーシェフ
水野孝一氏に聞く
オーナーシェフ 水野孝一氏:
1963年、東京都出身。24歳よりフレンチの世界に入る。銀座、池袋、浦和のフランス料理店を経て、1998年、車山高原にて「オーベルジュ ラ・メイジュ」を開業する。趣味はフライフィッシング、アコースティックギター。
ここでしか味わうことのできない物を召し上がって頂きたい
中央本線茅野駅前から路線バスで1時間、車山高原に降り立つと、澄み切った空気感に驚く。標高1600メートル。さながら雲上の別世界という趣である。この絶好の土地の恵みを極上のフレンチで供してくれるのが、「オーベルジュ ラ・メイジュ」だ。オーナーシェフの水野孝一氏に、まずは車山の魅力からおうかがいした
「オーベルジュを開業するにあたり、那須高原や軽井沢、伊豆高原なども考えました。ですが、決め手となったのは『水』です。水だけは絶対に妥協したくありませんでした」 「ここの水道水は車山の伏流水で、ミネラル豊富な軟水です。水周りのステンレスなどは、しっかり磨かないとミネラル分で白く濁るほどですよ」 たしかに、食事の時に頂いた水のおいしいこと! 「料理の基本は水。フォンもカフェも、水が命です」というシェフの言葉がよく納得できた。
水の他には何を重視されたのですか?
「1年を通じて豊かな食材があることです。四季折々にそれぞれの食材があるというのは、当然のことのように思われるかもしれません。しかし、私が修行していた時代には今のように物流が発達しておらず、特に東京では季節感の重要さに気づかなかったのです」ここで、「ただ」と間を置いたシェフ。
「ただ、今でも私の知らない食材に出会うことがあります。地元でもごく一部の方しか知らないような物があるのです。そういった物と出会えるように、地元の方とのコミュニケーションを大切にしていかなければなりません」
「1998年の開業以来、この地で様々な食材を探訪し続けてきた水野シェフにして、未知の食材があるとは……。車山の奥深さを強く感じざるを得なかった。さらに具体的に教えて頂いた。
地元の方々とのつながりで、最高の食材を仕入れる
最近印象に残っているのは、どのような物でしょう?「鷹匠の獲る鴨ですね」鷹匠? 意外な単語に思わず聞き返してしまった。「諏訪にいる2名の鷹匠が獲る鴨です。その方々は、ハヤブサを使います。ハヤブサは鴨を獲る時首根っこをおさえるだけなのです。それを麻袋に入れて持って来て下さるので、生きたままの鴨が手に入ります。それはもう、すごい野性味ですよ」獣の場合、何を重視されるのでしょうか?「適切な締め方がされているかどうか、ですね」締め方のポイントは何でしょう?
「締めた時にまず内臓、特に腸をその場で出すことです。そうしないと、内容物の臭いが全身に回ってしまいます。ですから、撃って血抜きもせず頭もそのままで、数時間後に持ち込まれた物などは絶対に買いません」
そのように最高の食材を入手できるのも、水野シェフが地元の方々との交流を大切にし、かつ自らの方針を明確にしてきたからであろう。
次は「茸」についてお尋ねした。「茸ももちろん、地元の人が納品してくれる物です。皆さん、私が幼菌の茸しか買わないと知っていますから、最高の状態の物を持ってきてくれます。笠の開いた物は味も食感も落ちますから、すべてはねてしまいます」きっと珍しい茸がたくさんあるのだろう。「そうですね……茸というと『秋』というイメージがありますが、それだけではありません。春茸としては、一瞬ですがアミガサダケ、そう、モリーユが採れます。国産のアミガサダケは本当に貴重品です」「夏にはアカヤマドリ、これはポルチーニですが、7月の中旬頃瞬間的に出ます。秋で特に美味しいのは、まずはオオモミタケ。軸から笠まで真っ白の茸で、私の所でも年に1回入ればラッキーです。それからフウセンダケも肉厚で美味しいですよ」 初めて聞く名前の連続に、ただ圧倒されるのみであった。
この後、野菜の話をうかがう中で「オクラの花」という語をシェフが口にされたので詳しく聞くと、半日でしおれてしまうデリケートな花とのこと。そこで気づいたのだが、茸のお話の中でも、「一瞬」「年に1回入れば」という表現をシェフは何度か使われた。「一瞬勝負」にして「一期一会」。本来食材には、そういう側面があったはずだ。しかし、過度に便利になってしまった現代に生きる私たちは、このような感覚を失ってしまったのではないだろうか?
土や木々の香り、鳥のさえずり……。車山にあるのは「自然」そのものです
水野シェフが、ここまで食材を大切にされる背景には、東京時代の苦悩があった。
「最初は東京での開業も考えました。しかし、業者の納品する食材、特に野菜に関しては不満がありました。『これは?』と思うような品でも仕方なく納品させられ、妥協を余儀なく料理を作らなければならない場面も幾度となくあったのです。そういう環境の中、食材が豊かな場所へ目が向くようになりました」
そう言えば……。突然シェフが何かを思い出したように言葉を続ける。「池袋の店にいた時のことでした。山手線に乗ろうと階段を上っていた時に、発車ベルが鳴りました。何となくいつものように階段を駆け上がり、電車に乗ってドアが閉まった瞬間です。『一体自分は何をやっているのだろう?』と空しくなったのです」
「仕事を終えて家に帰り、特別のことをするわけではない。しかも山手線なんて、すぐ次の電車が来ます。それなのに、慌てて駆け込んで乗るのはなぜなんだろう? ああ、これが東京のペースなんだな。少し疲れたかな……。そう思ったのが、地方に行こうと思った原点だったかもしれません」
今の東京についても、率直な感想をお聞かせ頂いた。「東京には、無数の音やにおい、派手な看板やネオンがあふれかえっています。そしてそのほとんどは、自分の欲しているものではありません。勝手に入って来てしまうので、とにかく疲れてしまいます」
「車山にももちろん音やにおいはあります。ですが、五感に入ってくるのはどれも自然そのものですから、とてもリラックスできますね」
そんな車山でのステイについておうかがいすると……
「四季を通じていろいろな楽しみがありますが、何もしないでぼうっとする、という方も多いですよ」と微笑まれた。
何もしないことを「売り」にする宿や観光地は珍しくない。しかし、実際は逆に「何もしない」ことを強調されるあまり、かえって疲れてしまう雰囲気の所も多いのが実情ではないだろうか?
だが、「オーベルジュ ラ・メイジュ」にはそういう空気がまったくない。それは、それぞれの食材の声を聞き分けるシェフの豊かな感性が創り上げた、真の「癒しの空間」であるからだ。
これからも数多くのお客様がこの空間で、その時期の食材を水野シェフが最高の料理に仕立てたフレンチを堪能し、大自然の懐に抱かれて安らぎの時間を過ごすことであろう。
食の世界
目の前の素材をしっかり見つめ、必要以上に手を入れないようにする
料理
水野シェフがコンセプトとするのは「旬菜フレンチ」。それは里の素材に従い、偽らず素直に車山らしい料理を作ることである。春の山菜、夏はとれたての夏野菜、秋には茸、そして冬は厳しい寒さの産物である根菜に看板料理の自家製燻製……。四季折々の恵みを生かし、素材の放つ個性を繊細に受け止め、さらに日本人としての味覚や自然観の表現を意識したフレンチとなっている
食材
地元茅野市の数軒の農家と直接取引を行い、確かな品質の物をそろえている。特に夏はトマト、クルージェット、ナス、インゲンなどの野菜が、収穫後すぐにディナーに使われるというフレッシュさ。また、枝付き完熟トマト、10センチほどのクルージェット、オクラの花といった、車山でなければ食べられない食材もセールスポイントとなっている。秋の代表格は何と言っても茸。もちろん地元の方が納品してくれた物を使用している。幼菌の茸しか取り扱わない徹底ぶりだ。
お酒
ワインはフランスの赤白それぞれ15種類、お客様の好みに合うように様々なタイプの物をボトルで用意している。グラスワインは、赤白ともにラングドック産。どのような料理にも合わせやすいところがポイントである。また、デザートワインもグラスで5種類ほどそろっている。ビールは南信州ビール・ゴールデンエール。フルーティーさが特徴の地ビールだ。お酒が苦手な方は、塩尻・桔梗ヶ原のワイナリーで作っている無添加ぶどうジュースを。
食空間
八ヶ岳を一望できる贅沢なダイニングは、5、60代のお客様を念頭においているため、シックなインテリアで統一されている。落ち着いた音楽が静かに流れる中、新潟県燕市産の美しいカトラリーでゆっくりと食事を楽しみたい。ディナーの後の語らいは、地下にある「Bar Bon Viant」で。豊富にそろったバーボンやスコッチとともに過ごす夜の味は格別だ。
スイーツ
信州といえば日本を代表するフルーツ王国。その豊かな恵みの中から最高の素材が選ばれ、ディナーのフィナーレを飾るにふさわしい一皿に仕立てられていく。たとえば地元産ブルーベリーやラズベリー、ルバーブ、ぶどう、りんごなどを取り入れたデセールは、フルコースの後でもすんなり食べられ、かつ満足感を十分に与えてくれるバランスが絶妙だ。
メニュー
朝食〜PetitDejeuner
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地物果実のフレッシュジュースと牛乳
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地物野菜のサラダ
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オニオングラタンスープ
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スクランブルエッグ
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パン
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地物フルーツ
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コーヒーまたは紅茶
(メニューは一例につき、変更する場合がございます)
夕食〜Dinner
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スケソウダラの白子のポアレ
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安納いものポタージュ
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高原の風で熟成させた自家製の生ハム
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クレーピーネットで巻いたヒラメのポアレに
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シャンピニオン香るソースを調和させて
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シャラン産・鴨のローストにマデラ酒の
ソースをあしらって -
クレーム・ド・ブリュレに焼き林檎を添えて
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コーヒーまたは紅茶
(メニューは一例につき、変更する場合がございます)
アルバム
アスパラガス | アカヤマドリ |
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生ハム | ディナー前の一時 |
Bar Bon Viant | 部屋 |
八ヶ岳 | ロビー |
朝食の風景 | 自家製ジャム |
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